次の日の朝、私は果物やおやつがあるので朝食を頼まなかったのに、お母さんがパンケーキとハチャプリを一切れ、それに牛乳をくれた。牛乳、美味しい。包めるものは紙に包み、お昼にさせてもらうことに。皆さんにお礼を言い、私はまだ金色の靄がかかる野を歩き始めた。
山羊たちがまだ微睡むように戯れながら過ごすのを横目に、急な山道を登ってゆく。誰にも会わない山道、まだ朝の爽やかな空気のなかで生き生きと呼吸する植物。その小さな光に出会えば、ここで歩けていることの深い喜びが海のように、身体のなかを波打つように思えた。次第に高度が上げると木々にはびっしりと地衣類が付き、銀緑色した幹に光の陰影がゆらゆらと揺れる。見上げると樺のような木々、銀色の丸い葉を風にはためかせる。
それからも細く急勾配な山道をしばらく登っていたところ突如、前方から大きな犬が顔を出して吠えてくる。怖い。ジョージアの犬は本当に大きくて、どきどきする。暫く距離を取りながら声をかけ続けると吠えるのをやめてくれた。そっと、撫でてみる、大丈夫そう。着いておいで?というような目をするので、着いてゆくとパッと、天が開け、白い峰々が広がる高台に出た。一軒のゲストハウスがある。「君はここの子なんだね」と、すっかり打ち解け、暫くその犬と、後ろからやってきた小さな灰色の猫と遊んだ。
目の前の白い峰々は、長方形の絵でも眺めているようで、夢見心地だった。朝から長い急坂に大汗を流したところだし、眺めのいい場所に座り、紙に包んだハチャプリとインスタントコーヒーで早めのお昼にする。目の前の山々を前にすると、あんなに疲れていたはずなのにどこかに吹き飛んでしまうのが、不思議。
お腹も満たされたので犬と猫にお別れを言って出発。そこからの長い登りは一切の木がなく、白い砂利道から反射する光で全身がじりじりと焦がされてゆく…途中に素敵なウッドハウスがある。枝木の形をそのままに使った柵は遊び心があり、可愛い。でも顔は、何度も横を通る車が過ぎ去った後の砂嵐でざらざら、目は日焼けでしばしば。私は遥々こんな遠くの地まで来て一体、なんでこんなことしているんだろうと我に返ってしまいそうなところ突如、平坦な山道になった。両脇には溢れんばかりの高山植物が咲き乱れ、そこらじゅうに甘い香りがする。前を向いても、後ろを振り返っても、まっさらの空の下に白い山の峰々が堂々と聳えている。天国があるならきっと、こんな感じならば良いな。現実離れしたその、花の道を私はゆらゆらと、歩く。そんな感じで、私はいつだってまるで鳥頭のように、その山の美しさを前にすると苦しい登りのことをなど忘れてしまうのだった。笑
木漏れ日で緑の光がきらきら光る道を進んだ先、当然、目の前に流れる赤い川には少し、どきどきした。その後、開けた谷間の先に、復讐の塔が見えて来た。今日の夜を過ごす、アディシ村(Adishi)に着いた。
私がついた時、ゲストハウスには既に賑わっていた。幸い予約していたのですぐに部屋に通してもらい、シャワーを浴びていると、大粒の雨音が聞こえた。一気に冷える山。冷えないようにすぐに髪を乾かし、熱々の紅茶をカップに入れて、清潔なベッドの上に腰をかけると、ほっとして幸せな気持ちに襲われた。ベッドの脇、窓を打ち付ける雨を眺める。山の雨が好きだ。街の雨とは全然違う、疲労で少し微睡む意識で、大粒の雨が山小屋を打ち付けるのを聞くのは、晴れとはまた違った心地よさがある。
今日のゲストハウスには世界各国からトレイルを歩きに来ている15人以上のハイカーが長机を囲み、顔を寄せ合い、夕食。緑豆と野菜の優しいスープやロシア料理のような色鮮やかなパスタサラダ、茄子とパプリカの炒め物や、青い葉の卵炒めなど、どれもハーブをふんだんに使った優しい味わいにほっとする。各家庭ごとのおもてなしを受けながら、暖かな食事、清潔な寝室と本当に贅沢で、自然はもちろん文化に富んだこのトレイルが歩けるなんて…私には、家庭の中でお母さんが作るような素朴な料理や、綺麗に畳まれた布団やタオル、その国の暮らしの中にある小さな光にこそ、心惹かれ、カメラを構え続けた。明日は一番長いコース、食事の後、溶けるように眠りについた。