ズグディディで過ごす朝、庭の木々にはたくさんの鳥がいるようで、賑やかな朝だった。同じ部屋だったコリアンの彼女はしばらく寝ていて、私はベランダで、少し肌寒いような朝の時間を静かに過ごすことができた。朝食を終え、裏庭の小さな小屋でご家族が朝から団欒しているところへお邪魔し、お金を払いお礼を言って、後にした。
その後、ズグディディからメスティアへ向かうマルシュルートカはいつまでも、いつまでも出発せず、結局、灼熱の車内で5時間以上も待っていた!(やれやれ)暑さにやられ、待ちくたびれて意識も朦朧としていたためあまり、記憶にもない…笑 途中、腰の曲がった小さなお婆さんが手作りのパンを売りに来て、艶々とした山型のパンに惹かれついつい買ってしまったこと、その後につられて犬がやってきて、私を(正しくはパンを)見つめにきたことや、途中30分ほど街を散歩し写真を撮りに行ったこと、ちゃんと今日発車するのだろうかと少しの心配をしつつ、出発しなかったらまた今日の可愛いB&Bに戻ろう、それも悪くない、などとぼんやり思っていたことは、覚えている。
ズグディディの街、中心地には大きな針葉樹が整列する公園。大通りを外れると、庶民の雑多な生活が広がる。この街の人はなんだか陽気で、フランクな雰囲気の人々が印象的だった。街の中心はロシア帝国を思わせる真っ直ぐな道。でも整然とした雰囲気はあくまで中心地の大通りだけで、裏を行くと緩やかな庶民の日常が広がる。そんな小さな街だけれど、小さなオペラ座があり、その横の扉を覗くとお婆さんがせっせとアイロンをかける。その横顔に見惚れ、しばらく、見つめていた。
さぁもうここがどこで、私は一体こんなところで何をしているのか忘れちゃいそうな頃、夕方前、どこからかの列車が到着したのか大きなザックを背負った人々が数十人どっと押し寄せてきて、今までの気怠い午後の空気にすっかり虚になっていた私の意識も一気に、引き戻された。車内は瞬くに満員になり、すぐに出発。驚いたけれど、出発してほっとする。やっと走り出す車窓越し、風が気持ちいい。そしてズグディディから平坦な木漏れ日の道をしばらく走っていたが、次第に山道へと進む。
途中、山の中腹の食堂で休憩を挟む。車内から出ると緑の空気が新鮮。暑さに耐えかね、涼げなグリーンのペトボトルのジョージアンミネラルウォーターを購入する。蓋を開けると炭酸が弾け、綺麗。さっぱりするけれど硬水で少し飲みにくかった。
木造の食堂には、小麦やチーズの溶ける香ばしくふくよかな香りが漂っている。食堂のキッチンを覗かせてもらうと、女性たちがせっせと円盤のようなハチャプリを捏ねては、釜に入れ、焼いている姿を目にした。円盤のようなハチャプリは重たくてもっちりとした弾力のある生地にチーズや豆、肉などを包み窯で焼き上げさらにバターをたっぷりと塗ったもの。
いい匂いに満ち満ちた食堂に、午後の光が差し込むのを私はしばらくぼんやりと、見つめていた。
皆のお腹が満たされたところで、再び出発。それからは絶景続きだった。次第に陽の傾く夕暮れ時に、雲間から金色の光が山の稜線を照らす神々しさ、夢中でシャッターを切った。「絵の中にいるようだ」と、思った。自宅の小さな部屋でひとり、森へ行きたいと懇願するも、絵を描くことでしか行けなかったあの頃の自分は、目の前の現実から逃げているようだと感じていた。けれど、行きたいと夢想し続けることも、いつかそこへ行けるための途中なのかもしれないと一種の救いを感じる。だって間違いなく、私の現実として目の前に現れていたのだから。
霧の立ち込める山道を進むと、雪を被った山々が頭をのぞかせ始めた。ここが南コーカサス山脈。
結局、メスティアに着いたのは20:00ごろ、街はすでに暗くなりかけていた。ズグディディでマルシュルートカに乗り込んだのは午前10:00過ぎだったはず。ずいぶん長い一日だったけれど、四方が山に囲まれたメスティアに来ることができた喜びで私は、満たされていた。食堂に入ろうかと思い覗いてみたけれど、小さな店内は各国の観光客で大賑わい、店員のおばさんたちは熱った顔をして忙しそう。なので諦めて、その日は街のパン屋さんで初めてチーズハチャプリを買い、齧りながら帰った。冷めてしまっていたけれど、本物のチーズを使った贅沢なパン、美味しい。B&Bに戻り、テラスに置いてあるソファに座って食べた。夜は寒い。薄暗い空の下でも、雪を被った山々の黒い影が見えた。
ズグディディで泊まったB&Bも天井高でモールディングの施されたゆとりのある造りの家だったけれど、メスティアのB&Bも、床にも壁にも木板が貼られた柔らかい空間、暖炉と花柄のソファ、大きな窓のある可愛い佇まいだった。ここにもうちょっとここに居たいな、そんな気持ちをほんのりと残しつつ、明日に備えて早めに寝ることにした。明日からはしばらく山歩き、大きなベットに寝転んでもどこかそわそわと、なかなか寝付けない夜だった。
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