Yerevan 渓谷に佇む修道院

ディリジャンからエレバンに帰ってきた次の日、一番気になっていたゲガルド修道院へ足を伸ばしてみることに。私はエレバンから公共バスで、街から郊外へと景色が変化するのが楽しく、大きく上下する凸凹の道中も私にはエキサイティングな経験だった。(乗り物酔いする人はまずいかも…)

最寄りの停留所からは、ハイク。地図で見る限り距離はそこまでないものの、8月の日差しが痛い。でも、周囲を見渡し歩くのが楽しい。剥き出しになった赤色の岩肌、そのトゥファ(鉱石)からエレバンのあのローズカラーの街並みが形作られていることがよく分かる。

そんなことを考えたりしながら大きな岩の角をぐるりを曲がったところで突如、目の前の山肌の中腹に、ゲガルド修道院の円錐の屋根を確認したときは、感動した。山の奥の奥にひっそりとある教会。

昔ここにあった洞窟で、キリストの脇腹を刺したというロンギネスの槍が見つかったことにより、その岩をくり抜き(一部)建てられたゲガル修道院。洞窟修道院とも呼ばれる。外観はまるで小さなホグワーツのよう!でも実際には、至る所にイスラム建築のデザインを見つけることができる。

イスラム建築装飾のムカルナス(鍾乳石飾りの天井を意味するアラビア語)の天井から光が差し込む。アルメニアにキリスト教が布教したのが301年、その初期から存在する修道院のようで、写真の中央部分の建物は1215年〜のものらしい。800年分の時間を積んだ黒。強さを感じる。

離れには洞窟をくり抜いた境内がある。ひんやりと冷たく、静寂がある。木とは異なる、石の時間。足音が全体に呼応する。ここに人が暮らしていたなんて…

黒い境内から外に出ると、眩しさで目がくらくらとする。そんな夏の日差しの下、修道院の下ではカラフルなパラソルを広げた屋台が並ぶ。ここゲガルド修道院のガタが有名なようで、気になっていたけれど、近寄ってみるとどこのパラソルの下でも同じようなガタばかりが売られている。それにおじさんおばさん達が「こっちこっち〜」という具合に大きな声で呼ぶので逆にどの屋台にも近寄れない…誰のところで買えば良いんだよう。甘そうだし大きいしやめとこうかと思ったけれど、写真を撮りたいしな…結局、一瞬目の合った一人のおばさんのところへそそくさと歩み寄り、1/4だけ買うことにした。どっしりと重たく、パイというよりもパンのような食感。想像していたよりもずっと優しい甘さで疲れた身体に沁みた…(もしかすると湿度のある日本で食べたらもっと甘く感じそう)

そんな鮮やかなパラソルの下で、おじさんおばさんが隣同士、怒声を上げ喧嘩をしているのが記憶に残っている。疲れているんだろうなぁと思ったことも。こんな炎天下で、いつも同じようなものしか売っていなくて、同じようなメンツ、変わりもしない景色、疲れている。この旅で幾度もそんな疲れている大人を見かけた。どこの国に行っても若者は控えめで優しく、大人は疲れているように見えた。だからもう、そんな疲れる仕事はAIにでもお任せして、その分十分な睡眠や、少しでも自分が楽しいことに時間を使えたら良いのにな、と感じた。せっかくなら自分が夢中になれることや心地良いところに少しでも多くいれたらな…頭の硬い自分にとってそれは旅の最中にふと思った、私の変化だったんだと思う。

花の冠を紡ぐおじさん、眩しくて目を開けるのも大変だった。アルメニアの夏は陽気で、でもなにか寂しさや気怠さ、様々な気持ちが混ざっていた。

ゲガルド修道院から帰りのバスに乗り、そのまま最東のヘレニズム建築のガルニ神殿のある停留所で降りた。でもガルニ神殿には行かず、岩肌を下り、ガルニ渓谷を歩くことに。この渓谷が、ゲガルド修道院以上に感動した。谷へと降りながら、足元が随分と秋めいてきたなと、思った。旅と共に季節が移ろってゆくこと、それが本当に嬉しかったことを覚えている。

目眩く景色の変化する世界、楽しい。

向かいの岩肌、無数の柱状節理の管状の景観に大興奮。谷底には美しい清流があり、靴を脱ぎ、川に足をつけ、暫く休める。

蜂の巣や遺伝子などと同等に、綺麗な六角形の柱状節理群。絶対的秩序のなかにありながら一つとして同じものはないことの面白さ。この岩群”symphony of stones”という名前の通り、巨大なパイプオルガンの下を歩いているような気持ちになる。

ガルニ村を通り、バス停まで戻る。その道すがら、木漏れ日の反射する美しい小さな教会があった。ベンチには少女とおばさん、3人がぴたりとベンチに座っておしゃべりをしている。私はその小さな教会で、今日の旅のお礼をした。さぁエレバンへ帰ろう。

そうしてエレバンへと戻った頃、長い夏の一日も暮れ、砂漠地帯の透明な夜が直ぐそばに来ていた。

炎天下の元、一日中歩き通しで疲労困憊していた。シャワーを浴びて速攻に眠りたい。それなのになんと、帰ってすぐにゲストハウスのパーティーだと誘われた。もうこうなったら…参加するしかない!そうしてアルメニアの人々と宿泊している数人で一緒に食卓を囲んだ。緊張する英語での会話も、お酒と疲労でもうなにを喋ったのかも覚えていない。笑 でもトルコ人のゲストとアルメニア人のオーナーたちが一緒に乾杯する姿を見れたこと、それがとても嬉しかった。

長い長い一日が終わる。