唐突にフィリピンのことを書き始めたのは、Iloiloの空港に降り立ってからちょうど一年が経つから。写真を見返すと、色々な気持ちがぐるぐると思い返される。Manilaの街のコントラストに喰らってしまい落ち込んでいる飛行機のなか、iloilocityのあるPanay Island へ、熱帯の焼けたような黄色と緑の山々が連なる景色をぼんやりと眺めていたこと。これからしばらく暮らす熱帯の地に不安と、楽しみを感じていた。


家々がひしめくマニラ上空から、長閑な雰囲気のパナイ島へ
日本人が少ないと言われるイロイロシティの語学学校へ入学するため、マニラからイロイロ空港へ。小さな空港を出るとミニバンで迎えにきてくれていたマネージャーのアナは笑顔がとっても素敵な人で、安心した。「本当はマネージャーが運転するんだけれど今日は私の彼が運転しているの」と、アナの彼は私にお水と甘くて柔らかなワッフルに真っ赤なソーセージがくるまったスナックを買ってきてくれた。咄嗟の気遣いみたいなもの、屈託のない温かさが、この先幾度も感じるフィリピンの優しさだった。
同日に入学する子も乗り込んで、市内の学校へ。日本では考えられないような建物の光景を目にするも、マニラとは全然違う空気だなと思った。ついて早々に用意してくれていた学食をいただいて、5階にある部屋へ。窓を開けると空が広い。熱帯の土地でも窓を開けると風が爽やかで、じんわりと汗をかきながら過ごすのも、悪くなかった。結局自室はほとんどエアコンをつけずに過ごしていた(光熱費が高かったしね)。熱帯の朝はひんやりと寒くて、溶けた吹きガラスのような色をした大きな太陽が地平線から顔を出すと、どんどん気温が上がる。


朝日が昇る前に、教会の十字だけが薄暗い街で光を放つ。
5階にある南東向きの部屋は日の出前になるともう薄ら明るく、次第に大きな太陽が地平線をゆっくりと昇ってゆく神々しさに虜になった。そうして毎朝、日の出前に目を覚まし、顔を洗いお湯を沸かし、すっきりした頭で英語の勉強をしながら熱帯の太陽に挨拶、写真に収めるのが日課になった。

そんなふうに朝の5時から夜の9時?10時まで猛勉強できることが最高に楽しかった。ずっと思う存分英語を勉強したかったし、拙い英語ながらコリアンやタイワニーズ、ベトナミーズの子たちと会話できるのも嬉しかった。でも8時ごろから門限の10時まで学校の前のお店?(トタンでできた建物の半屋外キッチン)の前でプラスチックの椅子にわらわらと集合し乾杯する日もあった。


フィリピンの定番ビールはRed horse、定番アジア系で美味しかった。暑いから余計にね。
熱帯の猥雑さよりもどこかヨーロッパの整然とした雰囲気に興味関心が向いていた自分にとっては、ここで過ごした二ヶ月は新しいことばかり、感動してばっかり。先生たちの優しい言葉をシャワーみたいに浴び続けて、肌も焼けて、たくさん汗をかいて体も緩まって。心がふくよかなフィリピーナに救われること、学ぶこと、たくさんあって、毎日一緒にたくさん笑った。
夜のマックに10時に着いたのに1時間出てこなくてダッシュで門限に間に合わせたこと、夕方のレジで何十分も待つこと、誰も舌打ちひとつせずに並んでる。クラクションの鳴り響く街中、本人たちはいたってニコニコしているから挨拶くらいな気分なんだろう。夜の8時から校庭で爆音でズンバしてても近隣住民からの苦情も来ないし(たとえ高級住宅街でも笑)なんでも仕方ないねって受け入れちゃうおおらかさ。それぞれに得意なところや苦手なところがあって、そのどれも間違えじゃないなと気付かされた。
そんなものを目にしながら、考え込んだりくよくよしてる私もすっかりどこかに引っ込んだ。暮らす場所で、人はこうも変わるんだ。その風土に成ってゆく自分というものを感じるのは、面白かった。
○
授業は基本的にマンツーマンで、ブリティッシュの先生とのレッスンで、食事の話になった時のこと。イギリス人の愛するマーマイトは薄いトーストに薄くバターを塗って、その上にマーマイトも薄く塗って食べると、Lovelyらしい笑 明日持ってくるよと、マーマイトとフィリピンの定番の魚を持ってきてもらった。塩漬けされた魚は日本でいう煮干しのような感じなのかな、料理に入れて旨みをとったりするんだろうけれどそのままだとしょっぱい。 マーマイトは教えの通りにマーマイトバタートーストを作ってみる、レッツトライ!個人的には、おいしくて驚いてしまった。笑 焦し醤油やお味噌のような香りでパンにつけるよりもサーモンとかとあえてご飯と食べたら絶対美味しいなどと思った。笑 私はお礼に日本のおやつを詰めて渡した。


フィリピーナの先生にはフィリピンの文化や暮らしのこと、宗教のことなど気になることを色々と聞いてみた。フィリピン料理はあまり野菜を食べないんでしょう?と先生に聞くとそんなことはないよと、レッスン終了後の10分休憩に先生と二人で学校の前のトタン屋根のお店へ。お昼になると売り切れてしまう人気お惣菜屋さんという感じ。毎朝寡黙なお父さんと、おおらかなお母さんが半屋外のキッチンで料理をしている。パナイ島はgastronomy island of the philippineと言われているらしく、美味しい郷土料理が豊富らしい。ほうれん草のおひたしのようなものと、緑のレンズ豆と未熟なジャックフルーツのスープ、これが本当に美味しい!!


こんな風にビニール袋に入れてくれる現地感も、いい。やっぱり本当に美味しいものは庶民が知ってるんだよなぁと思う。旅有名店の料理も、新鋭のお店も本当の意味でその国らしさは分からないと思っていて、もっと庶民の中にあるその土地らしさに触れてみたい私にとっては、暮らすように滞在するからこその楽しみに気づき、そういうことこそやってみたいことだった!!と、今、自分の願望の中にいるのだと感動したりした。紫色のクッキーみたいなものはタロ芋のフィリングの入ったPIAYA(ピアヤ)、和菓子のようなフィリピン(イロイロの?)の定番おやつ。素朴な味で私は結構お気に入り。


食べ物の話ばっかりするものだから、先生が学校の前のサリサリでフィリピンの朝食の定番・プト(甘いお肉の入った小さな蒸しパン)を買ってきてくれたり、先生のお庭でなるタマリンドを収穫して持ってきてくれた。


タマリンドは甘酸っぱくて味はフルーツみたい、でも食感はネチネチしていて芋っぽい不思議な食べ物。どうみても芋虫の赤緑の方は完熟前、発泡スチロールのような食感が慣れずに私は苦手だった。でもタイワニーズの友人は美味しいと言っていたし、私の滞在していた5月ごろは道の脇のマーケットでよく売られていた。
学食でコリアンの友人が食べる?(彼は英語よりも日本語が上手だった。笑) と小さなチリをくれた。フィリピンでも色々なチリがあるみたい。これも小さいけれど、結構辛い。でも爽やかさで油の多いお肉にも合う。コリアンの友人は美味しいってたくさん食べていた、考えてみると東南アジア全域から台湾や韓国・中国と辛いものの文化があるのに日本では唐辛子の文化が発達しなかったんだろう。わさびがあるからかな、不思議だなぁと思った。


授業終了後にジプニーに乗ってサンセットを見に行くと、イロイロ中の学生たちが海沿いに座っていた。ピースフルな雰囲気が漂うイロイロ。スナックを買ったり、屋台で乾杯したり。



街には屋台や掘建小屋のような商店もたくさんあるけれど、開発只中のイロイロには綺麗で巨大なモールもあって、街中の混沌とした雰囲気から一変する。それでもイロイロはフィリピンの中でも貧困率が一番低い、愛の街と指定されているだけあって、確かにマニラのように子どもたちにお金をせびられたりすることはなかった。数十年前の日本みたいな感じなんだろうな、お金を使うこと、華やかさのあることに夢中になっている。私はもっと素朴な文化の中にある暮らしの合理性や、ありのままの街の有り様を見てみたいと思っていたけれど、先生たちにはあまり理解されなかった。リゾートや商業施設をおすすめされ、あちこち街歩きする私のことは理解できないわって不思議な目で見られていた。笑
週末のモールのは街中の家族やカップルが涼を求めて?訪れるので大賑わい。スタバだけ見たらフィリピンとは思えない。外は暑くてできないから、モールでウィーキングするんだよと言っていた、びっくり。


確かに日中の日差しは痛いほど強くて、街中の記憶がセピア色。日陰にいないと危険を感じるほど。なのでこの街の人は夜のピクニックが定番。街の中心の教会と公園、夜に出歩いていてもこんなふうにずっと明るくて、怖さを感じない街だった。


街のおおらかさに安心して、早い夕食後はスーパーに買い物に行ったり、教会や公園に散歩に行ったり。マーケットのお野菜や果物は安いんだけど、スーパーはそこまで。質もあまり良くなくて、葉物はあんまり置いてないか、ものすごく高い。ハエも凄い(もう慣れっこになっていたけど)熱帯はバナナやアボガド、栄養価の高いものもわんさかなるが、暑すぎるというのも生命にとってはやっぱり大変なんだなと思った。


一緒に暮らしていた同居ヤモリ。この街はものすごい数のヤモリがいる、ヤモリってあたたかいのが好きみたい。そんな、日々。