ジョージア・バトゥミで迎える最初の朝、沼に沈むかのような眠りから目を覚ます。未だ身体に鉛のような疲労感を感じつつもここが、清潔な布団の中にいる自分の幸福を感じた。
昨日はトルコ・トラブゾンから陸路で国境を越え、ジョージア・バトゥミに入った。大して冷房の効いていないパスポートコントロール、3m程度の距離で2時間近く待たされた。私は背中には大きなバックパック、前面にiPadやカメラを詰め込んだザックを背負い、大きなおじさんと大きなおばさんが時々ピタッと肌がくっついているような状況に、気を失いそうだった。笑
どこもかしこも喧嘩、喧嘩、喧嘩喧嘩喧嘩。人だかりではあっちこっちから罵声が聞こえ、カオスな状況に意識が朦朧としていた頃、ほんのり列ができ始めた。私の横にいた女性は私の虚な目を見てか「乗せていいよ」と声をかけてくれる。そうして彼女のスーツケースの上にザックを借りてなんとか生き延びた。こういう場ではつい声の大きい人が目立つだけで、優しい人はたくさんいる。私はお礼に抹茶の飴を渡した。とても助かった。
ジョージアはビザなし滞在が一年可能な国だ、ロシアも例外ではない。ジョージアへ商売をしに訪れるロシアの人々も沢山、大きな袋をずるずると引きづりながらやってきていた。そんな荷物を持ってこんな待たされたらイライラするよね、分かる。でも少し、この先ジョージアへの不安を覚えていた。
結局、入国審査では”NARUTOUZUMAKI?”とだけ問われた。なのに私はそのことを知らず、え、徳島県の鳴門海峡?ラーメン屋さんの名前?などと困惑し曖昧な反応をしたら、諦められたようですんなり、通してもらう。(NARUTOの主人公の本名らしい…旅人の基礎知識の一つになった。笑)
初めて出会ったジョージア国旗と独特な形のモニュメントを目にし、たったの線でも、ここはトルコとは全く違うところなんだなと思った。社会主義国ソ連の支配下にあったジョージアだけれど、後々に、この国ではあらゆるシーンでクリエイティビティな建築、造形に出会い、社会主義の不思議を思ったり…
人が集まったら出発するマルシュルートカはあっといおう間に満席になり、バトゥミの街へ向かった。
中心地にある清潔でお洒落なゲストハウス。”BACK TO ME”、 バトゥミとかけているようなネーミングにもセンスを感じた。荷物を置き、シャワーを浴びて、髪を乾かす。まだ少し濡れた髪のまま、軽いトートにお財布だけ入れ近くのスーパーへ行った。とりあえずジョージアのビール、(値段は安いのだと500mlで2ラリくらいからある。日本円だと100円弱、やっぱり安い。)目を惹いたお惣菜コーナー、ブログで見て気になっていたパクチーとほうれん草、胡桃をミックスしたプハリと、魚のマリネ、トルコで皆がチャイと一緒に食べていたので気になっていた向日葵の種、そして全粒粉のクラッカーとスナックを買ってゲストハウスへ帰った。
空きっ腹にビールを流し込んで、初めて食べるジョージア料理のプハリ、パクチーの塊みたいなサラダをクラッカーに乗せて食べる。めちゃくちゃ美味い…!笑 お腹が満たされてあっという間に睡魔に襲われてしまった。移動の日はやっぱり疲れる。
そうして迎えた朝だった。
まだもの静かな時間、でも目が覚めてしまい、コーヒーを淹れにキッチンへお湯を沸かしに行く。すると、どこからか教会の鐘の音が響く。アザーンから鐘の音に変わったことを知ったあの瞬間はっきりと、ここは違う世界なのだと知った。
このゲストハウスのお気に入りは大きな窓、そしてベットの脇に一脚の椅子だけが収まる隙間と、椅子があること。疲れてお腹も空かなかったので、昨日買った果物をレモンイエローのボウルに入れ、コーヒーをちびちび飲みながらまだ冴えない頭をもたげ、暫く窓辺で過ごしていた。トルコでは2週間、新しい世界に感動して動き通しだったし、ここでは次に向かうスバネティ地方の山歩きに向け穏やかに過ごそうと、決めていた。
結局、ずいぶん長い時間を窓辺過ごした。昨日の残りのお惣菜や野菜でブランチにして、気が済むまでゆっくり過ごしていたら夕方になっていた。そのまま今日は外に出ないでゆっくりしようかとも思ったけれど、夏は陽も長いし、せっかくだから少し街を歩いてみることに。
外に出てみると、小さな光が溢れかえりやはり出てみてよかったなと、いつも思う。バトゥミはジョージアの黒海側の街、日差しも暑い。海沿いの遊歩道を歩いていたらやはり海に惹かれ、結局浜辺まで向かってしまった。
そこはトルコのトラブゾン同様に石の浜が続き、沢山の人々が海水浴を楽しむ、長閑な夏の午後だった。でもトラブゾンよりも水が綺麗。水にさらされた石は鮮やかな赤や緑、丸くて触ると滑らかで夢中になって石を探していた。明日は水着でも持って私も海水浴してみようかなと思いつつ、足だけ水に遊ばせながらレンズを構えたり。
今日は夕食を食べにレストランへ行ってみようと思っていたので、海を切り上げ、街の中心へ歩いてみる。すると、ゴシック調の高い尖塔の境界が目に入る。ジョージアに来て初めての境界だ。そういえば昨日、ゲストハウスに向かう途中、教会の屋根が少し見える交差点を急足で歩く親子がふと立ち止まり、小さく胸の前で十字を切る母親を横目に少女も同じような仕草をする一瞬に出会った。多分その教会だろう。中に入る前にスカーフをかり、頭に巻く。ジョージア正教の教会は撮影禁止だった、カメラをしまい、教会に入ると甘く芳ばしい匂いに、どこか懐かしみを覚えた。いくつかの窓から差し込む自然光と、人々の祈りの蝋燭の灯りだけがゆらめく。様々なイコンの前で人々は祈りを唱え、ゆっくりと十字を切り、キスをする。私の知らない、神という存在と、それを祈る人々の静かな時間が流れていた。
そうしてずいぶん長い時間を教会の隅で、揺れる炎のなか祈る人々を見つめていた。外に出ると、眩しい。教会の門には大きな木漏れ日が影を落とし、綺麗だった。その脇に、赤いチェックのシャツを着たお婆さんが、沢山の青い紫陽花を並べている。教会に添える花だ。その涼しげな紫陽花にレンズを向けると写真撮るなら待っていてと言いながら(勿論、ジョージア語で)急いで行ったり来たりしてくれる。待つこと2分、お婆さんは紫陽花を綺麗に配置し、その真ん中にちょこんと座り、可愛い笑顔を向けてくれた。なんて可愛いのかと夢中で写真を撮ると、お婆さんは私の写真まで撮ってくれた。普段は撮る専門、撮られるのは実は大の苦手なんだけれど、その時は恥ずかしくってでも嬉しかった。そんな別れ際、紫陽花を一輪くれた。旅先、偶然のなかにある優しさが私の旅を鮮やかに染めていってくれるなと、思う。
胸に確かにある温かさと、青い紫陽花をトートバックに挿して、歩いた。向かったのはジョージア料理の食べれる”KIZIKI”というレストラン。店内は山岳国家らしい木造造り、オレンジ色をした暖かな光が好きだった。早速、気になっていたマッシュルームのヒンカリと、昨日美味しかったプハリの前菜を頼む。初めて食べるヒンカリ、茹でたてのヒンカリからはふわっふわと白い湯気が立つ。もっちもちな生地に齧り付くとキノコのスープがひたひた、パクチーの香りが効いていてめちゃくちゃ美味しい…前菜は3種、ほうれん草とパクチーと胡桃のプハリ、油で揚げ焼きしたような茄子で胡桃ペーストを巻いたバドリジャー二・二グウジット、同様に赤パプリカで巻いたもの。柘榴でおめかしされ、可愛らしい。どこかペルシャっぽさを感じるけれど、中東ともアジアとも異なる独特な食文化に終始、感動した。
お腹も心も満たされて、ふくふくな気持ちを抱え帰った。既に私は、ジョージアの空気に惹かれていた。早く山へある場所へ行きたい。
ゲストハウスに帰り、お気に入りの窓辺に青い紫陽花を飾った。