mt.Hirahyo DAY1 山小屋の朝

morning

山の朝は早い。

朝の4:00に短い眠りから目覚めると既に、避難小屋の皆さんは支度を終えていた.。

私は山の朝がたまらなく好きなので東側のベンチに腰を掛け、お湯を沸かし、ゆっくりと朝食の支度をしていると次第に山間から日が昇る。

山小屋からわらわらと宿泊していた人々が出てきて皆、煌々と飛を臨む。

人の、その表情が好きだなと思う。そしてその人たちと私は山という大きく緩やかな共同体のなかで繋がっているように、思う。

人の温度を感じない、無関心。

街から山へ行けばいつだって死の影が濃厚だ。美しい自然にさらされる反面一歩踏み間違えれば怪我や死がある。だからこそ、人と人の繋がりが濃厚で、何かあったら助け合わなくてはというような水面下の意識がある。交わし合う挨拶だけでなくそういった、山を愛しているという共通項と、その危険への意識が私たちが繋がっていることを思い出させてくれる。

どこの誰だか分からないあなたも私もこの週末、偶然にもこの山を選び、汗をかきのぼり、同じ風に吹かれ今、この朝の光に包まれている。大きく緩やかな、それでいて強い共同体のなかで。

朝ご飯は夜の残りのカマンベールチーズをパンに載せ、バーナーに網を載せて焼いたものと、ドリップコーヒー。職場のセンスのいいおじさんにいただいたrising sun coffeeを淹れていたらちょうど陽が昇りました~!見せようって写真を撮りながら、山に居ながらも誰かを想えるって幸せなことだなと、思う。

結局ゆっくり支度しているとあっという間に6:00、避難小屋には私と、もう一人の女性。私が発とうとすると彼女は一人、避難小屋を履き掃除してくださっていた。お礼を言うと「気をつけて、いってらしゃい」と一言。

そういった見えないところに宿る美意識や、律する心の美しさを知る。私も見習おう、清涼感を胸に抱き平標山乃家を発つ。

平標山ノ家から平標山へ、山頂でザックをデポし、アタックザックで身軽になるとどこまでも歩けそうな気分になる。お花畑の木道を歩み仙ノ倉山へ。あんなに美しい朝日も仙ノ倉山に着くころにあたりは真っ白に。でも私は雲の中にいるのも好きだ。

そのまま稜線を進む。すると、雲の切れ場から眼下に、壮大な山並みが姿を現す。

言葉では言い表せないあの雄大な山の稜線が伸びてゆく道を私は風に誘われながら、歩く。

風が大地に触れ音を響かせている。

谷川岳に続く大黒ノ頭まで、稜線歩きを楽しむ。左右に遮るものがなく、風が強く少し怖い。泥っぽかった山道も、ここまで来ると蛇紋岩が目立ってくる。脆い岩肌はあちこちで崩れた亀裂が目立つ。

一人、地球に放り投げられたような時間を持つことは、私をご機嫌にするひとつの引き出しだ。

せっかく身体をもって生まれてきたのだから、この地球と相まり、命を大いに楽しむ。この喜びを、知ってほしいな。

確かに登っているときは苦しいけど、私たちの生きる大地に、地球に、その美しさにきっと、幾度もこころ震えると思うから。

ひとりで山に来ると、帰りはだいたいさくっと降りる。六月の夏雲に向かって歩くのは、何とも言えない開放感。

でもバス停に近づくとどんどん暑くなってきて、越後湯沢のまちの夏の暑さ、今からじわじわと彷彿させられた。

After mountain

無事、バスに乗りわらわらの足で越後湯沢の温泉へ。

山を降り、温泉にいくと生まれたての赤ちゃんのような気持になる。

というとなんか可笑しいかもしれないけれど..(笑) 以前一緒に登った友人とその話で盛り上がったので、きっと、山好きなら知っているんだろうな。

実は一人で新潟県に入るのは初めて。越後湯沢駅の道の駅を散策、そうそう、このために頑張って早く下山したんだ(笑)草餅、お米、日本酒、おせんべい、柿の種、その土地土地の特産品を知るのも楽しみのひとつ。何ってわけでもないんだけれど、その土地に自分の目で見て知るのは、楽しい。